史談百花帖> ・雫石町内における森林鉄道<その2> 

雫石町内における森林鉄道<その2>
丸山 塁 
会報第18号平成24年1月 

1、はじめに

雫石町内にかつて張り巡らされていた営林署の森林鉄道については、2010 年 1 月の滴石史談会第 16 回「自主研究・成果発表会」において、渡辺洋一、関 敬一の両氏により「雫石町内における森林軌道<その 1>」と題して、その全貌が明らかにされている。

小生もかねてから、雫石町内の森林鉄道について個人的に調査を行ってきたが、資料的なものがほとんどなく、旧版の国土地理院地形図を頼りに、現地調査するばかりであった。その点で両氏の発表は、実際に森林鉄道に携わった方々への聞き取りや、自らの記憶などによる真に貴重な調査報告であり、埋もれかけた歴史を発掘するものとして敬意を表する次第である。

写真-1 仁別森林博物館にて 軌道集材車
そんなある日、東北森林管理局の仁別森林博物館(秋田県秋田市仁別)(写真―1)で「森林鉄道のパネル等展示」という企画展を開催しているとの情報を知り、早速出かけてみた。
すると、そこには、森林鉄道の車両の展示などの他、路線毎のデータなど貴重な展示もあり、思いがけない収穫があった。特に路線毎の正式なデータは、ほとんど入手困難な資料と思われることから、今回はこれを中心に、「雫石町内における森林鉄道<その2>」と題して、発表させていただきたい。

2、森林鉄道と歴史
雫石町内の森林鉄道の系譜は、旧営林署別土木台帳の旧雫石営林署データから表―1 のとおりである。中でも南畑支線高松沢線については、旧版の国土地理院地形図では大倉沢を分けてから先に線路の記載がなく、市販の森林鉄道に関するガイドブックにも記載がない路線だけに、今回その存在を確認できたのは貴重だ。

このデータによれば、旧雫石営林署管内で昭和 19 年~23 年までのピーク時には 6 路線合計で 74,257mの路線延長があったことがわかる。それが、昭和 23 年以降廃止が始まり、同 39年には全廃されている。

ちなみに、東北森林管理局管内(青森県、岩手県、秋田県、宮城県、山形県)で見れば、ピーク時期は昭和 20 年~34 年で、開設と廃止が均衡し、総延長で 2,400 ㎞台をキープしていた。雫石町内のピーク時期が、東北森林管理局管内と比較して短いのは、森林鉄道による同時大量輸送に見合うだけの資源が枯渇したことが大きな理由ではないかと推察する。というのも、昭和 35 年に木材輸入自由化が始まる以前に、既に町内の森林鉄道は、総延長12,698m(ピーク時の 17%)にまで縮小しているからだ。

日本の木材自給率は、昭和 30 年には 94.5%あったものが、同 35 年以降段階的に始まった木材輸入自由化(同 39 年には完全自由化)の影響もあり、同 44 年には自給率が 50%を割り込み、平成 7 年には 2 割にまで落ち込んでいる。

この点、東北森林管理局管内で見れば、ピーク時期の終焉と輸入自由化が一致し、完全自由化後の昭和 40 年以降は廃止路線のみとなり、昭和 45 年には年間 330 ㎞という廃止のピークを記録し、同 49 年には全廃されるなど、完全に輸入自由化の歩みと同調している。資源の枯渇という環境下において安い外国材に対抗するには、森林鉄道より、性能が向上したトラック輸送でコスト低減した方が得策であるとの縮小均衡政策に至った格好だ。

旧雫石営林署管内の森林鉄道の系譜

注:路線の標記は台帳では線ではなく林道            
(表―1)
 路線名 昭和 延長m 累計m 状況
  鶯宿線 
(森林鉄道
1級)
217331 17331  雫石 駅から待多部貯木場まで開設
 42190 19521  既設終点から待多部分水嶺まで延長開設
 23-3476 16045  一部区間を牛馬道に格下げ
 34-13000 3045  区間廃止
 39-3045  全線廃止
 鶯宿線 
沢内延長線(軌道)
 47086 7086  待多部分水嶺から沢内村大志田まで開設 
 51840 8926  大志田から大荒沢まで延長開設
10278011706  大荒沢から小杉沢落合まで延長開設
 23-80373669  一部区間を牛馬道に格下げ 
24-3669 全線を牛馬道に格下げ 
 鶯宿線 
南畑支線
(森林鉄道
1級)
 91033010330 御所村字桝沢で鶯宿線から分岐し上黒沢52林班入口  まで開設 
11376414094既設終点上黒沢官民地界から男助山国有林55林班喜助沢落合まで延長開設
23-43609734 南畑黒沢山国有林52林班から56林班まで牛馬道に格下げ 
 33-5349200 区間廃止
34-92000 全線廃止
 鶯宿線
南畑支線
高松沢線
(森林鉄道1級)
 175010 5010 南畑支線17㎞地点から分岐し、高松山国有林42林班まで開設 
26-27102300 一部区間を牛馬道に格下げ
33-4161884 区間廃止
 34-18840 全線廃止 
鶯宿線 
南畑支線大倉沢線(森林鉄道1級)
192029 2029  高松沢線3㎞地点から分岐し高松山国有林46林班まで開設
 33-529 1500  区間廃止
36-15000 全線廃止
葛根田線(軌道) 1344074407 雫石貯木場から西山村西根まで開設 
 141323517642 延長開設
15159019232 大松倉沢落合から冷水沢まで延長開設
 16266521897 高倉山国有林152林班い小班既設終点から159林班い小班北白沢対岸まで延長開設
31-120889809  高倉山国有林149林班から152林班まで区間廃止
32-16568153 区間廃止
36-8153全線廃止 
出典:旧営林署別土木台帳抜粋
注:(表-1)のうち沢内延長線については、同様の内容が旧川尻営林署管理分にも掲載されている。


3、森林鉄道と森林資源
雫石町内の森林鉄道では、最初に開設されたのも、最後まで残ったのも鶯宿線で、台帳によれば森林鉄道 1 級とされている。

実際に、多くの支線が分岐し、橋梁などにもコンクリート構造物が使われ、遺構として現存していることから考えても、1 級路線として重視されていたことが理解できる。

ちなみに、森林鉄道を開設するということは、それだけの投資に見合う森林資源の存在が前提となるが、鶯宿線とその支線沿線には、鶯宿スギを筆頭にヒバ、クロベといった優良な天然の針葉樹資源が存在していたことが推察される。

現在、天然の鶯宿スギはほとんど残されていないが、旧沢内村と雫石町のそれぞれにある天然鶯宿スギ保護林(旧沢内村分は長橋スギの名称)が、いずれもかつての森林鉄道鶯宿線の沿線にあるというのは、先ほどの推察に現実味を持たせるものである。

一方、葛根田線については、軌道とだけ台帳に記載されているようで、沿線の森林資源から見ても、経済的には価値が低いとみなされる広葉樹林ばかり目立つことが、その要因として推察される。

ちなみに、森林鉄道 1 級線と 2 級線とでは、最小半径や縦断勾配といった路線の設計諸元だけでなく、車両限界や建築限界も異なり、枕木の長さや、路盤幅、路盤厚までも区別していることが分かった。
写真-2 大小屋山の天然スギ切り株
胸高直径は150㎝程度
つまり、搬出運搬する木材が大径の優良材であれば、それに見合うよう、森林鉄道も高規格な 1級線で開設する必要があるということになるわけで、これも、かつての森林鉄道沿線の森林資源の状態を推察する助けになろう。

ちなみに、小生が鶯宿天然スギ保護林近くの大小屋山を調査した際には、天然スギと思われる大径木の切り株(写真-2)を確認することができた。

4、森林鉄道の遺構
小生がこれまでに単独もしくは関 敬一氏と共同で行ってきた現地調査では、町内の森林鉄道について、いくつかの遺構を確認している。

県内の全ての森林鉄道について調査を試みたわけでなく確かなことは言えないが、おそらく雫石町は、県内では遺構の残存率が高い方ではないかと考える。

というのも、他の市町村は大部分が森林鉄道 2 級もしくは軌道と台帳に記載されているからだ。とはいえ、雫石町内の森林鉄道遺構についても、決して豊富とは言えず、また、探訪困難な個所もあり、これらの貴重な産業遺構を歴史と共に埋もれさせてしまうのは残念な気がしてならない。

観光スポットの一つとして、あるいは天然スギと合わせたエコツーリズムとして、観光の町雫石のセールスポイントに加えてはどうだろうか。

そこで、これまでに把握した個所を図―1 に示すので、少しでも多くの方に現地を探訪していただき、そのような機運を高めていけたらと考えている。

雫石町内 森林鉄道(林用軌道) 遺跡概略図 (図―1)