戸沢氏について


    
 
  

    (茨城県高萩市制作戸澤政盛公坐像)

 戸沢氏は、通説としては中世に陸奥国磐手郡滴石庄(荘)の戸沢邑(とざわむら)から起こり初代は衡盛(ひらもり)。二代目兼盛の時に出羽国山本郡宝仙岱に移り、さらに戸沢城、鳥谷崎城と桧木内川沿いに下り、安貞2(1228)年には門屋城を築いて城主となったとされる。<鎌倉時代・戸沢の草創期、別名“戸沢の神代史”ともいう。>

 その後、角館に進出していた時代に小田原攻めで豊臣秀吉の目にとまり常陸国小河城(4万石)を与えられる。さらに関ヶ原の戦いの後の徳川時代には同国の松岡城へ移る。そして元和81622)年、出羽国最上郡を与えられ真室城へ。さらに新庄藩6万8千石(譜代大名並み)に封ぜられて明治維新まで続いた。明治時代には子爵となり初代新庄市長を務めた。滴石から出て650年、その隆盛は目ざましいものであった。      


                                           

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2016戸沢サミットin雫石
滴石史談会協賛事業
第4回戸沢サミットin雫石が行われました
 
 11月23日(水)、中央公民館野菊ホールで、当町を発祥の地とされる戸沢氏にゆかりのある自治体が一堂に会する「第4回戸沢サミットin雫石」が開催されました。サミットには、初代新庄藩主となった戸沢政盛公にゆかりのある4市1町(茨城県高萩市・小美玉市、山形県新庄市、秋田県仙北市、雫石町)の首長や関係者に加え、戸沢家の現在の当主である充さん・友子さん夫妻も参加されました。滴石史談会は、協賛団体として、オープニングアトラクションの寸劇を受け持ちました。
 また翌日の24日(木)には、滴石史談会主催によるサミットの関連事業として、現当主らがゆかりの地を巡る「史跡探訪」が行われ、一行は戸沢館跡地である沼田神社と雫石城跡地の雫石八幡宮を訪れ、地域住民の歓迎を受けました。
 両地では、神事や記念植樹、地元(安庭・雫石)小学生による歴史学習の発表が行われたほか、沼田神社では戸沢さんさが、雫石八幡宮では雫石小児童による青空太鼓とよしゃれが披露されました。