雫石町内の縄文遺跡について
 旧石器時代が終わり、初めて土器が使われる時代を縄文時代(じょうもんじだい)と言います。この時代の土器に縄目(なわめ)の模様(もよう)があることから名づけられています。
 一口に縄文時代といってもおよそ一万三千年も続いているため、草創期(そうそうき)、早期(そうき)、前期(ぜんき)、中期(ちゅうき)、後期(こうき)、晩期(ばんき)の6つに分けられています。雫石町内では、早期から後の時代の遺跡(いせき)がたくさん発掘調査(はっくつちょうさ)されています。小日谷地ⅠB遺跡から出土した深鉢(ふかばち)の縄文土器は、伏甕(ふせがめ)というもので底(そこ)に穴(あな)をあけ、逆さまにして竪穴式住居(たてあなしきじゅうきょ)の下に埋(う)められています。
 これは、縄文時代中期の一時代(いちじだい)に行われていた風習(ふうしゅう)で、なぜそのようなことをしたのかは謎(なぞ)とされています。


                (写真は、雫石町教育委員会編 甦る雫石郷の歴史より抜粋)

                                                      (写真は、雫石町教育委員会編 わたしたちの雫石より抜粋)