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再見!『雫石通細見路方記  しずくいしどおりさいけんろほうき』  
会員 丸山 塁(長山・小松) 会報第17号平成23年1月

文政 9 年(1826 年)から 10 年にかけてまとめられた『雫石通細見路方記』は、町内全域の名所、旧跡、伝説等についてまとめたもので、代官所からの距離、方位なども示されていて、“藩政後期のガイドブック”とされています。 

町立図書館にある『雫石通細見路方記・上』の中から景勝地およびそれに類するものを挙げると次のようなものがあり、現在も名が知られているものもあれば、所在はもとより、現存しているのかすら分からないものもあります。 
 ①雫石タンタン 
 ②玄武洞 
 ③鳥越の滝 
 ④長山の夫婦石 
 ⑤善知鳥石(鵜鳥石・うとういし) 
 ⑥多賀神社
 ⑦西根の貝形石
 ⑧大池高倉と三階滝
 ⑨志戸前砥石 
 ⑩八百平(の伝説) 
 ⑪忍石 
 ⑫繋 塗り沢の風穴 
 ⑬矢櫃の夫婦石 

①~③、⑥は所在がはっきりしているし、⑩についても最近はツアーなどが企画されていますが、それ以外はどうでしょうか。今回はそれらについて調査したので、報告します。 題して、再見!『雫石通細見路方記』です。

④「長山の夫婦石」 

雫石の街中から岩手山詣での人々が通った古(いにしえ)の道、“新山道(しんざんどう)”そのルートは、「滴石城(現雫石八幡宮)」を起点とし、「岩手山神社鳥居(下長山小学校東側)」、「茶屋の清水(よしゃれ茶屋)」、「七ツ田の弘法桜」を経由し「岩手山神社(遥拝所)」を経て「御神坂(登山口)」に至ります。 

晩秋に、自転車で新山道のルートを辿っていたときのこと、道路脇の雑木林の中に大岩を発見しました。かなりの大きさだったので「きっと新山道の目印として多くの往来人がこの岩を眺めてきたのだろう・・・」などと想像しました。 

ところで、この大岩の近くには県営の温水プールがありますが、ある時、温水プールの営業状況を知ろうとインターネットで調べていたときのこと、その住所が「夫婦石」となっていることに気づきました。 

そこで、温水プールに行ったときにフロントの人に夫婦石について尋ねてみると、「ここへ来る道路沿いにあるのですが、道路から離れた山の中にあって、道はないし今の時期は薮で見えない」と教えてくれました。これを聞いてピンと来ました!昨年の秋に見た大岩が夫婦石に違いないと!場所は七ツ田の弘法桜から 1.5km ぐらい北の道路左手の雑木林の中にあります。道路からの距離は 60m ぐらいだけれど、多少の薮漕ぎが必要になります。 

夫婦石はそれはそれは立派なもので、高さは 3m はあるでしょうか。 

岩手山が噴火した時の火山弾なのか、夫婦とも同じような岩肌で、細かな模様が付いています。間近で見ると“名所”と呼ぶにふさわしい感じだけれど、歩道すらないのは残念・・・雑木林の中にひっそりと佇む夫婦石は、薮が枯れたときにしか見る事のできない、正に“枯れた味わい”です。ちなみに、夫婦石の少し後ろには、両親に形の似た“子っこ石”もありました。

⑧「大池高倉と三階滝」 
『志戸前山下げ戻し百周年記念誌』によれば、志戸前川の支流大地ノ沢に「高倉千丈岩」と呼ばれる景勝地があるらしく、葛根田玄武洞(既に崩落)と共に「東北一の奇勝」と書いてあります。 

一方、雫石通細見路方記によれば、「高倉千丈岩」ではなく「大池高倉(オオジタカクラ)」として「三十丁計り 岩倉大崩れにて 鳥も飛び付く事不叶 大山 谷合い見上る也」と紹介されています。

志戸前川の林道から大地ノ沢の林道に入り、しばらく行くとJR田沢湖線の鉄橋をくぐり、そしてすぐにそれと分かる岩場を発見しました。玄武洞とは異なり、柱状節理が横方向に走る大岩壁です。 

しかし、千丈岩と呼ぶのは大袈裟で、玄武洞と比べてスケールは小さく、実際のところは雫石通細見路方記に記されているとおり、高さ20~30丈(60~90m)位のようです。大池高倉は、田沢湖線の車窓からも見ることができます。すぐ手前の田沢湖線には高倉トンネルがありますが、付近に高倉の地名がないことから、きっとこの岩場の名前を冠したのでしょう。三階滝は大池高倉のさらに先にあります。 

雫石通細見路方記では、要訳すると次のように記述されています。 「志戸前川は大いなる沢で、支流も多い。上流には左に大水沢、右に大池の沢という大きな沢がある。大池の沢の上流には沢々が多く、三階滝という大滝もあるが、道が難所で訪れるのが難しいので、大池高倉で切り上げることにしてこれ以上は細見しないことにする。」

つまり、三階滝のみ踏査省略の“伝え聞き”なのです。

不思議に思うのは、車もない時代に、人里離れた山奥に潜む滝の存在にどうやって気付き、そしてどうやって語り継がれてきたのかということ・・・ 

例えば街道沿いの滝であれば、その存在に気付くのは容易だろうし、また、その近くに人里があるのであれば、語り継がれるのも分かる気がするけれど、三階滝の場合はどちらも当てはまりません。 

現代、三階滝についての資料はほとんどありません。 

最近出版された岩手の滝を紹介する本や、インターネットの滝を紹介するサイト、国土地理院の地形図にもその存在は記されていません。 

そこで役場へ行き、場所についての大まかな情報を仕入れることにしました。 

三階滝は志戸前川の支流の大地ノ沢のそのまた支流のシロミ沢の上流にあるようでした。 シロミ沢への分岐は地形図と実際の道路の形状が異なっているので注意が必要です。 

大地ノ沢を心もとない橋で渡り、道は2つに別れます。右に行けば田沢湖線の仙岩隋道入口に至るので、それを確認してから左の方の道に戻り田沢湖線をくぐるとよいでしょう。堰堤を何度か乗り越え、1kmも行かないうちに車は行き止まりになります。2,3台駐車できるスペースがあり、そこにバイクが 1 台だけ止まっていました。きっと渓流釣りの人がいるのでしょう。その先もか細いながらも踏み後は続いていて、何ら標識はないけれどそれを辿ることにします。渡渉を何度か繰り返すうちに道は次第に不明瞭になります。 

10 分ぐらい歩き、少し不安になってきたころ、上流から渓流釣りの老人がやってきました。ちょうど滝のことを聞こうかと思い近づいてみると、老人の方から「この先に素晴らしい滝があったよ」と話しかけてきました。 


老人は見事な岩魚を沢山仕留めていて、聞けば滝の存在は知らずにこの沢に入り、偶然にその滝に出会ったようでした。地元の山慣れた老人ですら知らない、三階滝は知られざる滝なのです。 

老人に教えられたとおり、シロミ沢から名もなき支流に入ります。分岐点に標識や目印は何もないけれど、滝の掛かりそうな狭い谷なので注意すれば気付くでしょう。 

三階滝はすぐにその姿を現してくれました。水量、スケールともダイナミックな期待していた通りの名瀑でした。 

これだけの名瀑なのに地図にものらず、そして標識も目印もなにもないというのがいかにも秘境らしいし、それだけ雫石の自然の懐の深さを証明しているとも言えるでしょう。

⑬「矢櫃の夫婦石」 

矢櫃川沿いにある林平地区の対岸一帯を当時夫婦石と呼んでいたことを県立図書館にある古い絵地図で確認したので、まずはそこを目標に探索しました。 

雫石通細見路方記によれば「田の中 二つならべる石あり 長山 黒石野の夫婦石の如し」とあります。 

県道矢巾西安庭線の林平地区入口から対岸に渡る道を下ります。すると、夫婦石ではないけれど、矢櫃川左岸に景勝地と呼んでも良いような場所があります。 

3つの岩塔が林立し、紅葉の時期ならばさぞかし美しいことでしょう。その先の道路を進みますが、田の中に二つならべる石は見当りません。付近の民家で尋ねてみても、そのようなものは知らないと言われてしまいました。田の中に石があっては邪魔になるだろうから、既に除去されてしまったのでしょうか。仕方ないので、半ば諦めムードながら対岸の林平に戻り、地区内を探索します。 

畑にお婆さんが 3 人いたので、尋ねてみました。
「ちょっとすみませんが・・・」
「なんだ?野菜が欲しいのか?」
「いやいや、この辺り、昔、夫婦石と呼ばれていませんでしたか?」
「んだ!そうだぁ。お前さんどっから来た?」
「町内ですけど」
「いや、そうでなく、広域農道通ってきたか?」
「いや、広域農道をくぐって来ました。」
「んだば、通り過ぎてきたんだぁー」
と言う具合に、夫婦石の場所を教えてもらうことができました。しかし、お婆さん曰く
「最近、土を盛られてしまって、埋まっているかもしれねぇ。あの石は埋めてはわかんねぇんだと言ったんだども。でも、まだ大丈夫かもしれねぇ。いずれ、橋の袂の土を盛ってあるところ。こっちから行けば道路の右側な」と。

言われたとおりに行ってみると・・・ありました! 

九十九沢橋という小さな古い橋の先に盛土してある場所があり、その盛土に埋まるというよりも、盛土尻にある畑に下りるための道の盛土により半分ぐらい埋まった感じで・・・ 

雑草も生い茂っていて、忘れられた状態で可哀相ですが、往時は目立つ存在だったのでしょう。規模的には長山夫婦石の方が大きいですが、それでも高さはそれぞれ 1.5m程度あります。

二つの石にはそれぞれに個性があって、尖がっている方が夫で、まろやかでどっしりとした感じの方が妻でしょうか。そう思って見ると、二つの石に、愛着が感じられてきます。 

矢櫃の夫婦石は、雫石から伝説の峠「七日休」を経由して志和稲荷神社に至るルートのランドマークとして、古くから行き交う旅人に愛されてきたことでしょう。